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魔導物語R Reckless driving 後編



  遊んでやるか
 
 シェゾはそう思った。
 アルルはそんなシェゾから何か感じたのか、ん? と顔を上げた。
「…シェゾ?」
 シェゾはアルルを見る。
「アルル、それでおしまいか?」
 意地悪な質問。
「…なんでそういうコト言うんだよう…。ボク、一生懸命なのに…」
「何の為に?」
「な、何の為って…シェゾが、喜ぶかなーって…」
「お前が喜びたい、だろ?」
「…!」
 アルルがどきりとする。
「喜ばせてやろうか?」
 シェゾはフッと笑う。
「え?」
 シェゾの胸が持ち上がる。
「!」
 アルルのおでこが、シェゾの胸にぶつかった。
 立場が逆転した瞬間だった。
「んにゃ!」
 アルルは、逃げる間もなくベッドに押し倒された。
「シェ、シェゾ! 動けないんじゃ…?」
「今治った」
「…うそぉ…」
「バインドは元々不完全だった。だから、いつ解けてもおかしくないんだ。アルル、俺が動揺しないのに、もう少し気をつけるべきだったな…」
「…つまり、いつこうなってもおかしくなかった、と?」
 シェゾは、Yesのかわりにアルルにキスした。
「ぁん…」
 重なる唇、握り合った手が、アルルの身体の力を抜かせた。
 彼の大きな手で包まれた少女の手。
 指が絡み合い、少し強く握られた手はちょっと痛いけれども、それ以上に心地よい感覚が脳を支配する。
 二人の唇が戯れ合い、後を追う様にして、舌が触れ合った。
「ぷは…。ん…やだぁ…。これって、いつもの状態じゃないかぁ…」
「さっき、遊んで欲しいって言ってただろ?」
「ニュアンスが違うよぅ…」
 まだ、身体の快楽よりも頭の敗北感がわずかに勝っていた。
 悔しそうに身体をよじるアルル。
 無論、よじるだけで逃げる事など出来ないし、その気も既にない。
 しっとりした感触と、不思議な甘い香りがシェゾを刺激するアルルの首筋。
 そこにシェゾの唇が触れた。アルルは、その身体を震わせる。
「ふう…ん…」
 僅かに残った理性は、あっさりと崩れる。
 シェゾがゆっくりと、丹念に白い首筋にキスマークを残した頃、アルルはすっかり脱力していた。
 そのマークは、ドラキュラの噛み痕を連想させる。
 ドラキュラが自分のモノだと証明するそれと同じ様に、シェゾのそれも、アルルが自分の所有物と言う証となっていた。
「まったく、ずいぶん沢山とマークしてくれたもんだな」
 シェゾは、自分の胸を見て呟く。
「…じゃあ、ボクにももっと沢山お返ししていいから…」
 そして、アルルはむしろそれを求めて、意識せず大胆な発言を行う。
「そうか」
 シェゾは、首筋の唇をアルルの胸元へと移動させた。
「!」
 アルルの鎖骨へ触れると、彼女は再び身を震わせる。
 なけなしの理性が、先程シェゾの胸に行った痴態を思い浮かばせた。
「…や…」
 自分のあの行為。そして、それと同じ事を自分にするシェゾを想像するだけで、アルルは恥ずかしさに消えてしまいそうだった。
 シェゾの唇はアルルのシャツの上を更に下へと、ゆっくり移動し続けている。
 シャツのふくらみへと、唇は向かっていた。
「…!」
 一瞬、電気の様な感覚が胸の先端に走った。それは服の上からだと言うのに、アルルは全身を痺れさせた。
 が、唇は更に下へと移動する。
 楽しんでいるかの様に下へと移動するシェゾの頭。
 それがへその辺りに来た時、アルルは瞬間、大変な想像をした。
「シ…シェゾ…!」
 だが。
 シェゾは、ついと頭を上げると腰を飛び越して、アルルの足を持ち上げた。
 そして、その腿に唇を触れた。
「!」
 またも電気が走る。唇はそのやわらかな腿を滑り、膝の皿をそっと舐めた。
「…な、何で足を…」
 アルルは、両手で口を押さえながら問う。そうしないと、余計な声まで出してしまいそうだから。
「おみ足のチェックだ」
「!」
 シェゾは、さっきの靴下の事を言っているのだろうか。
「あ、あの…」
 何か言おうとしても、上手く思考が働かない。
 シェゾは、上半身を起こしてアルルの足を抱きかかえる。それは、まるで子を抱きかかえるかの様に。
 シェゾは、楽しそうに腿にキスする。
 左手で足を抱き、右手は尻の辺りに添わせる。
 アルルは、なけなしの理性を総動員して状況を把握する。
 
 …この状態って。…ぜったいパンツ見えてる!
 
「や…やだぁ〜…」
 アルルは、再び身を捩らせた。
「おとなしくしろ」
「やだやだ! えっち!」
 何を今更…。
 シェゾは、全く無視して更に足を引き寄せる。
 膝まで下がった唇をもう一度上に上げる。
 降りる時よりもゆっくりと、その唇は上に上がってゆく。
「は…あ…」
 シェゾの顔はもうアルルのそこに間近だ。
 アルルには想像出来ない。
 彼が今、どの様な光景を見ているのか。
 恥ずかしさと、ほんの僅かな未知への期待が脳を白く染める。
 が、彼の息吹すら感じたと言うのに唇の感触は再び遠ざかる。
 そしてそのまま感触は腿から膝、すねを伝い、とうとうアルルの足の甲に唇が触れた。
「あん!」
 足に唇が触れていると言う普段有り得ない状況。その未知の感覚。
 そして先程までの興奮が坩堝となり、アルルは思わず大声を出してしまった。
「やだやだ! あし、きたないよお! やめてぇ! はずかしい!」
 アルルは恥ずかしさに泣く。
 女として、そして彼にだけは汚いところなど見せたくないと言う思いが、何時いかなる時でも最後の砦として生きていた。
 だが、シェゾは止めない。むしろ、踝や臑をじっくりと攻めている。
 
 うう〜。手といい、足といい…。
 
「シェ…シェゾのふぇちぃぃっ!」
 アルルはふと、恥ずかしさよりやけっぱちな感情を膨らませる。
 シェゾは、ふい、と足を解放し、顔をアルルに戻してきた。
「…な、何?」
 その瞳は真剣だ。
「そうさ、『アルルフェチ』だ」
「…へ?」
「お前の手の先から、足の先まで、全部、知りたい。それだけだ」
「…ぜん…ぶ?」
「少しずつ、ゆっくりと、な…」
 思わぬ言葉にぽかんとするアルル。
 そんなアルルの唇に、シェゾはゆっくりと、深い深いキスを注いだ。
「唇を知った。甘く、柔らかい」
「……」
 シェゾは手を握り、引き寄せてキスする。ぴくりとするアルル。
「手を知った」
「…うん」
 手で、柔らかい腿をさする。その手が少しだけアルルのそこに触れた。少し大きめに身体を震わせるアルル。
「足を、知った」
「うん…」
「次は、お前の何を知るかな?」
 シェゾは笑って、アルルを抱き寄せた。
 アルルは、シェゾの裸の胸に顔を埋める。
 体中の力が、今度こそ全て抜けた。
「…ボクも」
「ん?」
「んーん…」
 二人はそのままの姿勢でもう一度深く甘いキスを楽しみ、やがてゆっくりと静かな寝息を立て始める。
 
 …じゃあ、じゃあ、ボクも、シェゾフェチになるもんね。
 
 アルルは夢うつつのなかで、まずはさっきのシェゾの胸の感触を心に刻んだ。
 外のそよ風が、時折カーテンを揺らして光を部屋の中に招く。
 二人は、静かな陽差しの中で寄り添い合って眠り続けた。
 
 ところで、さっきの一部始終がいつの間にか戻っていた黄色い物体によって観察されている事実を、二人が意識している筈もなかった。
 黄色い物体は、ベッドの上の二人の足下までよじ登り、一緒に寝てしまった。
「ぐー…」
 
 寝息は、三つになった。
 
 
  Reckless driving 完

  

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