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魔導物語R Reckless driving 前編



 えー、わたくしアルル・ナジャ。現在とってもご機嫌です。
 
 ナゼかと言うと、シェゾがまったく動けないから。
 …あ、間違ってもそれが嬉しいなんて酷い事言っているんじゃないからね。
 それによって生まれた状況が、嬉しいの。
 
「んふふ…」
「…オニ」
「んー? なんか言った?」
 アルルは、ベッドで無力に横臥するシェゾに、ニヤニヤと問い掛ける。
 広くはないが、窓からの太陽光がさんさんと差し込む明るいその部屋。
 シェゾは、少しだけ小さく、かつパステルな色合いのベッドに体を預けていた。
「んふふふふ…」
「お前な、妖しい笑い方が増えてるぞ」
「だーって、シェゾを好きに出来るなんてそうそう無いんだもんね。しかもまったくの無抵抗。これはお得だよ」
「『お得』って言うな。どういう意味だよ」
「さて? と、言う訳で、ごはんのじかんでちゅよ〜」
 アルルは、いつの間にやら手に持っていた盆から湯気を立ち上らせていた。
 ここは、誰の家でもないアルルの家。
 そして、この現場はあろう事かアルルの部屋、そしてアルルのベッドの上だった。
「一人で…」
「食べられたら、苦労は無いよねえ。ホント、あとに残らないバインドってのはいいもんだよね」
「……」
 シェゾは、只でさえ力の入らない首の力を抜き、枕に頭をうずめた。
「…しかし、このでかい枕、軟らかすぎるぞ。頭が疲れる」
 レースのついた白い枕は、羽毛特有の柔らかさでシェゾの頭を受け止める。
「そう? ボクはこれが丁度いいんだけどな。すぐ慣れるよ」
「慣れてどうする」
「はい、あーん」
 アルルは、話もそこそこに食事に移る。
「…あ」
 体の具合自体は悪い訳ではない。少々時間はかかったが、高菜チャーハンと点心を美味しく食べる事が出来た。
 仮にもベッドに寝たままの人に対しての食事として、中華が正しいかどうかはともかく。
「料理、上手くなっているな」
「え!?」
 アルルが一瞬呆ける。
 シェゾはしまったと思った。
 普段ならそうそう言わない言葉なのに、一応看病してもらっているので感謝の念でもあったのか、ついさらっと言ってしまった。
「ね、もう一回言って」
 アルルは、片付けかけていた食器も適当にしてシェゾに詰め寄る。
「…言えって言われて、言えるか」
 シェゾはなんとかしてそっぽを向いた。
「ふーん。そう」
 特に強く要望しないので、シェゾは助かったと思った。
「まあ、あとで沢山遊んでもらうから、それでいいや」
「……」
 シェゾは目眩を起こしそうだった。
 
 コトの始まりは、今朝のお話。
 ボクは、朝から何か嫌な胸騒ぎを感じていた。
 そう、これってきっと心が繋がっているんだな、うん。
「嘘つけ」
「ホントだよ。あんなに天気が良かったのに、なんか嫌な気分だったもん」
「そんな器用な感覚があるのかね…?」
「シェゾにだってあるクセに」
 そう言ってアルルは笑い、頬にくっついていたご飯粒に直接口を付けてペロリと食べてしまう。
 そして、そのままつん、とシェゾの唇にも触れる。
「……」
 朝、おかしな気分だったボクは、何となく外に出た。
 何かが起きている。行かなくちゃいけない。そう思った。
 そして、アルルの家のわずか数十メートル手前で倒れているシェゾを見つけた。
「わお! 予感的中!」
 あんまり驚かないのはお約束。何故か、アルルには致命的かそうでないかが分かる。
 対シェゾ専用の感覚だが。
 
「…で、ボクがうんうんと引っ張ってきて、今に至るんだよね。ベッドまで貸してあげているのにねえ」
 アルルが、恩着せがましく言う。
「…気絶していたオレの服、どうやって脱がした?」
「聞きたい?」
「…いい」
 アルルは、またも不敵に笑うと、食器を片づけに戻っていった。
 シェゾは今、つるつるのパジャマに身を包んでいる。裸はまずい、と着せたのだろうが、いかんせんアルルのである事は明白。胸のボタンなど、深呼吸したら外れそうだった。
 ピチピチの若草色のパジャマに、シェゾは今包まれている。
 これ、いいのか…?
 女物の服を着るなど普通考えればそれこそ変態の領域だ。
 そして今頃意識したのだが、さっきからカーバンクルはベッドの上で猫みたいに転がっていた。
 多分、普段もこんな位置で眠っているのだろう。よく見ると、シーツに何やらよだれの跡がある。
 ふと黄色いパンが起きあがり、俺の足下に潜り込んだ。
「おい」
 何事かと目線で追う。
 と、カーバンクルは少ししてから布団の横から顔を出し、なにやらごそごそと引っ張り出そうとしていた。
 そしてそれはすぐ判明する。
 それは、ピンク色のアルルの靴下だった。
「ぐー!」
 そして、何を思ったかそれを俺の顔めがけて放り投げるカーバンクル。
「シェゾー、お茶が入っ…きゃああああっ!」
 俺の頭を彩るオブジェと化した靴下を見つけてアルルが悲鳴を上げるのは、それから少し後の話だった。
 
「…今回の件は、つまり事故だ。おい、聞いているか?」
「う、うううん。聞いている聞いている」
 アルルはベッドの隣のイスに腰を降ろし、カーバンクルを雑巾みたいに絞りながら真っ赤な顔をしている。
「しかし、お前寝る時も靴下履いているのか?」
 アルルは、限界と思っていた顔を更に赤くして慌てる。
「べべ、別に履いたままの靴下でじゃないよ! 寝る時用! きれいだから! ちゃんと毎日替えているから!」
 アルルは、更にカーバンクルをねじりながら必死に釈明する。
「ぐー」
 こよりみたいな状態でも尚笑っているカーバンクルは、誉めるべきだろうか?
「ええ…えっと、お茶、飲む?」
 カーバンクルをぽん、と窓の外に放り出し、話を誤魔化すかの様にしてアルルは茶を勧める。
「ああ」
 うまい具合にシェゾの頭を立たせ、少しずつだが、コーヒーを飲ませるアルル。
 アルルも甘めのコーヒーを飲み、やっと部屋は落ち着いた空気に包まれる。
「…ふう」
 アルルは、安息の息をつく。
 窓からは暖かい陽が差し込み、静かなそよ風がふわりと部屋の空気を泳がせる。
 シェゾは、今頃になって自分の鼻腔をくすぐる甘い香りに気がついた。
 ちらりとアルルを見る。ここはアルルの寝室。そして、彼女が眠るベッドなのだ。
「…シェゾ?」
 アルルは彼の視線に気付き、ぴくりと身をこわばらせるとシェゾを見詰め返した。
 透き通る様な銀髪は太陽によく栄える。
 アルルは、栗色の自分の髪も好きだが、輝く銀髪も好きだった。
 そして、そんな銀髪の彼も。
 アルルは、彼の額がかすかに光るのが見えた。
「…ねえ、あつい?」
 シェゾは、額にかすかに汗をにじませていた。
「ん…」
 シェゾも、曖昧に返事をする。
 彼にもよく分からないのだ。陽差しが暑いのか、シーツが暑いのか、それとも、他の何かの感情によるものなのか…。
 アルルは、そんなシェゾの微妙な心理に気付いたのかも知れない。ちょっとした緊張感をあっさり振り払うと、シェゾに掛けているシーツを半分ほどめくった。
「ねえ、これでも暑い?」
 知らずにその光景を見たならば、ちょっと危なく見えるだろう。
 ぱんぱんのパジャマ姿のシェゾがそこにいる。
「…あんまり変わらないな」
 普通に感想を言ったつもりだが、それは墓穴と言うに充分だった。
「…そっかぁ」
 アルルは再び小悪魔的なニヤリ笑いを浮かべると、ひょい、と窓に寄ってカーテンを閉めてしまった。遮光性ではないが、部屋は十分に薄暗くなる。
「おい?」
「パジャマ脱ごうよ」
「…は?」
 シェゾが理解不能とばかりに呆気にとられる。
「暑いなら、薄着にしないとね」
「…この下、なんも無いぞ」
 シェゾは一応弁明する。
「知ってるよ。それにさ、さっきボク、遊ぶって言ったしね」
「……」
 アルルは実に楽しそうだった。
 アルルはベッドに座る。シェゾを向いて座るので、足も当然シェゾを向く。
 ミニスカートのアルルの腿が、シェゾの頭のそばに横たわった。
「……」
 それは、外見が幼いとは言え、彼女を女と意識するに十二分だった。
 腿の産毛まで確認できるその距離が、現実感を高める。
 更に、アルルは両手をシェゾの腰の辺りにまたがせて、顔をシェゾの正面に配置する。端から見ると、アルルがシェゾを押し倒した様な光景だ。
「ねえ、シェゾ? いくら看病だ何だって言ってもさ、男の人を、女の子の部屋で、女の子のベッドに寝かせてさ、女の子のパジャマを着せるなんて、普通は、しないよね…」
 アルルは、わざと困った風な口調で、酔ったみたいに言う。
 そういう経験が無いだけに、むしろそんな感情にのめり込みやすいのかも知れない。
 
 

 

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