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魔導物語R Flower 前編



  an hors d'oeuvre.

 いきなりで何だが、修行って奴は嫌いだ。
 まぁ、正確に言えば修行をしようとしてするのが嫌いだ。
 結果的にそうなるのならば、それは構わない。
 だから。
「断る」
「ひどいですわっ! 開口一番それなんて!」
 耳元で甲高い声がわんわんと響く。
「喧しいぞ…」
「だってだって! あんまり無下すぎますわ!」
 そう言って非難を止めようとしない少女。
「…ところでな」
「はい?」
「こう言う事を聞く時は…とりあえず降りろ」
「降りなくてはいけません?」
「その方が話しやすいと思うが」
 ベッドの上。
 彼は為す術もなくガリバーの様にベッドの上から動けぬままに横臥していた。
「シェゾ、こうすると動かないからお話するには都合がよろしいのですけど…」
 ウイッチが、何とはなしに首をかしげる。
 ね? と言う意志表示の表れでもあるそれは小動物の動作を連想させる。
 大きめで透明な瞳は一時とてシェゾから視線を外さない。
「…いいから、まずは降りろ」
 ウイッチは仕方ない、と言われた行動を開始する。
 場所はシェゾの家。
 そしてシェゾの部屋。
 細かく言えばシェゾの寝室。
 もう一押しすれば、二人が居るのはシェゾのベッド。
 更に細かく説明すれば、寝ているシェゾの上。馬乗りになっているウイッチがいるベッドの上だった。
 よいしょ、とシェゾの上から降りたウイッチは、そのまま身をずらしてシェゾのベッドの足下にちょこんと座る。
 元より同世代より背が低めなので、小さく座った姿はより幼い印象を倍加させる。
 そんな幼子がベッドの端に座っている。
 つまり、他人が見たら絶対に誤解される光景。
 無論、家の中なのでそう言う事はないが。
「ところで」
「はい?」
「どうやってここまで来た?」
「箒でひとっ飛びですわ」
「じゃなくて、どうやって中に入った? と聞いている」
 ここはシェゾの家の中。
 普段、彼の家の周囲には簡単なものだが防犯、と言うか防御用の結界が張ってある。
 そこらのモンスターなど近寄れもしないし、もし進入されれば即座に感知される筈だ。
「結界なら、解いていただきました」
 ウイッチはあれに、と指差す。
「……」
「ぱ、ぱお」
 扉からちょこっと顔を出しながら、申し訳なさそうにこちらを覗くてのりぞう。
 その手には湯気を立てた茶碗が載るお盆があり、どうやら茶を出すタイミングを掴みあぐねていたらしい。
「……」
 こいつ、ちょっとでも顔なじみになると…どうもこう…主人の意見も聞かずに門戸開放するよな…ガーディアンのくせに。
 シェゾは怒るより呆れが先に来て、軽く溜息を吐いた。
 緊張が解けた、と見て取ったてのりぞうは、すばやくサイドテーブルにお盆を置くと、逃げる様にして廊下の向こうに消えていった。
「で、次の質問…」
 言いかけて。
「んしょ、と」
 いつの間にかウイッチが視界から消えていた。
 代わりに彼女が居た筈の足下には、まるでベッドのシーツを被っているみたいなお化けがもぞもぞと動いていた。
 と言うか、言葉そのままだが。
 シーツお化けはそのまま足下からごそごそと移動を開始し、じわじわと北上している。
 まるでもぐらを見ている様だった。
 もぐらはやがて自分の胸の辺りまで進軍すると、そこで停滞を始めた。
 やや躊躇しているような動き。
 そして、小さくえいっと言う声が聞こえたと同時に、それはシーツの下で自分の胸ぐらに抱きついてきた。
「……」
 もう、何が何やら。
「…?」
 そこでシェゾは小さな違和感を覚える。
 妙にふれた部分の肌触りがいいのだ。
 それと同時に。
「わっ!」
 胸の上でウイッチが声を上げた。
 声と同時にシーツが勢いよく持ち上がり、久しぶりにウイッチの顔を見る事が出来た。
 その時、ウイッチはシュミーズ一枚だった。
 それは素肌の感触。
 どうりで妙に感触が暖かく、柔らかかった訳だ。
「…何? お前」
 だが、感触の理由は分かったがその行為に及んだ理由は皆目見当が付かない。
「だ、だって…シェ…シェゾ…あの…あ!」
 言いかけて、シュミーズ姿の自分が見られていると気づき、慌ててシーツお化けに退化する。
 赤くなった顔だけが、シェゾの胸の脇から見えていた。
「あの…あなた、服…パジャマとか、着ませんの…?」
 真っ赤な顔で訪ねるウイッチ。
 抱きついた先がいきなり素っ裸だったので驚いた、と言う事らしい。
「いきなり脱ぎ出す奴に言われたくないぞ」
 その言葉にウイッチはますます顔を赤らめる。
「だ…だって…」
「何がだってだ。第一、修行の誘いじゃなかったか?」
「……」
 ウイッチは黙ってしまう。
「…どうして、そんなに冷静なんですの…?」
 そう言われても困るが。
 上げていた顔をぺたりとベッドに押しつけ、空気が抜けたみたいになる。
 上からどいてくれたのはいいが、つまりは今度は添い寝だ。
「わたくし、確かにまだ体型のメリハリはあまりありませんけど…でも、女ですのよ…。こんな風にしてまで迫っているのに…何も感じてくださいませんの?」
 いや、正直、感じると色々まずいと思うぞ。
 シェゾは彼女の意図が分かるだけに困惑する。
 辛うじて女性らしいラインはシュミーズの上からでも分かった。
 先程抱きつかれた時の体の柔らかさ、感触は確かに女性のそれだ。
 が、それはともかく。
「で、何で今日はここまで暴走している?」
 とりあえずそこを聞かねば話が進まない。と言うか、話が始まらないのだ。
「だから…」
「だから?」
「わたくし…わたくしを、全然傷物にしようとしてくださらないからですわっ!」
 ウイッチはいよいよ耳まで真っ赤にしながら叫ぶ。
 顔の真横で叫ばれたのだから、シェゾの方はたまらない。
 耳がボリュームを絞りきれなかった。
「ぐお…」
 思わず背を向ける。
「…おかげで、目が覚めたぞ」
 高周波の耳鳴りを感じつつシェゾはぼそりとつぶやく。
「それはよろしかったですわ」
 言い切った事で腹が据わってしまったウイッチは冷静に言った。
 そして枕に頭を沈めてつぶやく。
「小柄な女はお嫌い?」
「小柄っつーか…」
 幼いと言ったら怒るだろうな。
 シェゾは悩まなくても良い事に悩んでいる自分に気づき、少々疲れを感じる。
「いいですわ」
 僅かの沈黙の後。
 次の言葉をどうしようかと考えていたところに声が挟まる。
「いいんですの…。わたくしが一人で暴走しているだけなんですわ。ええ」
 それはひとしきり感情を発散させた為か、妙に落ち着いた声だった。
「いつもこうですわ。いつも、一人で爆発して…気付けば、こんな風にはしたない真似までしてしまって…本当、わたくしってなんなのですかしら?」
 大きなアーモンドアイは真っ直ぐにシェゾを見詰めたまま。
 透き通ったそれは水晶の様にシェゾを引き寄せた。
 ウイッチは静かにシェゾに抱きついてきた。
「このままでいさせてください」
 首に手を回し、半分のしかかる恰好でウイッチは抱きつく。
「せめて、ぬくもりが欲しいですわ…」
 ウイッチはシェゾの首に文字通りかじり付き、その唇で首筋をなぞる。
「男の方なのに、シェゾってお肌綺麗ですわよね…」
 唇を首筋に這わせつつ呟く。
「動いているぞ」
「少し擦れ合う方が、気持ちいいですわ…」
 シェゾの腹の上にウイッチの足がのしかかる。
「ん…ふしぎ…気持ちいいですわ…」
 うっとりとした表情になり始めているウイッチ。
 シェゾはどこかもてあまし気味のウイッチの体の行き場を作る事にする。
「ほら」
「あ、はい…」
 シェゾはウイッチの躯の下だった腕を上げ、腕枕をさせる。
 ウイッチは嬉しそうに微笑み、頭をシェゾの腕に預けた。
「暖かいですわ…」
「ところで本題だが」
「え?」
 しばし考え込み、思い出した様にウイッチが頭を上げる。
「そうですわ、シェゾ、修行につきあって下さいませ」
 ウイッチはシェゾの前に顔を突き寄せて言う。
 シェゾの視界にはウイッチの大きな青い瞳が敷き詰められ、それは深い湖の様に澄んでいる。
「お願いしますわ」
「場所と目的は?」
「とある地下遺跡に、その文明が栄えていた頃に飼われていたドラゴンのミイラがあると言うお話がありますの。あ、お話とは言いましても、私のおばあちゃんが調べさせた確かな情報ですわ。しかも極秘の」
「……」
 シェゾが眉をひそめる。
「そのドラゴンの角や鱗、乾涸らびてはいますが、肉や臓器が、それは素敵な魔導薬の材料となりますの。私も勿論ですけど、勿論おばあちゃんが一番に欲しがっているのですわ」
「……」
 シェゾが先程より以下同文。
「それを探すのを、手伝って頂きたいのです。
それと言うのも、つい最近その情報が書かれた文献のある書庫に何者かが侵入しましたの。しかも、憎らしい事にどうやらその賊は、魔女達がその情報を探し出すのを待っていたらしく、解読と共に文献を持ち去ってしまいましたの。慌てたわたくし達の一族は、犯人を捜し出す部隊、それからわたくしの様に、犯人より先にその場所を突き止め、貴重な魔法薬を…」
 そこまで言いかけ、ウイッチはシェゾが何か思案顔をしている事に気付く。
「…シェゾ?」
「いや、な」
「…あの、何かご存じ?」
 こういう時の感は何かと当たる物である。
 ウイッチは何か嫌な予感をよぎらせて問う。
「…いずれ分かるだろうから言ってしまうが…」
「な、何ですの?」
「そのドラゴンな、生きている」
「!? な、何でシェゾが? え? 生きている? ど、どうして!?」
「その情報な、俺が…盗んだ」
「ぅえ!?」
 ウイッチはどこから出ているのか分からない声を上げた。

「…つまり、そう言う事ですの? あそこが魔女の書庫とは知っていたけど、おばあちゃん管轄の書庫とまでは知らず、割りのいい情報を探す為に網を張っていた、と?」
「まあ、な」
 二人は青々とした葉が茂る林の中を、小さな沢沿いに歩いていた。
 あの日、結局つきあわざるを得なくなったシェゾは、結局それをネタにちょっとおねだりされたウイッチを、色々な意味で泣かせてから旅に出る。
「でも、驚きましたわ。生きていたなんて…」
「魔導を使って仮眠状態だったらしい。ところが、人やら魔物やらが近づいた時だけ、それを解除してランチタイムにしていたって訳だ」
「…もし、知らずにわたくしと他の魔女達の探索部隊が出ていたら…」
「食われていたな。お前達纏めて」
 ストレートな言葉に身を震わせるウイッチ。
 だが、シェゾを見て、ややためらってから言う。
「で、でもどうせ、その前にシェゾに食べられたからいいですわ」
 顔を真っ赤にしながら、精一杯の強がり。
 ウイッチとしてはこれ以上無いと言うくらいの大胆な発言だった。
「食べた、と言うかあれはまだ前菜だ」
「うそ!? あ、あんな格好させられたのに、まだ先が…!?」
「その先をやろうにも、気絶しちゃ出来ないだろうが。しかもいい年して失…」
「いやああぁぁっ!」
 ウイッチがシェゾの口をふさいで大声でわめく。
「そ、そう言う刺激…き、気絶させたのはっ…!」
 言葉と同時に、記憶に残る気絶間際の光景を思い出し、ウイッチがトマトの様に赤面する。
 そして瞳から大粒の涙が零れる。
「どうした?」
「は、恥ずかしくて…あん、あんな事になってしかも、最初は…私からお願いしたなんて…」
「泣きながらもっとって言ってたくせに」
「! やぁっ!」
 脳裏にあの時の情景が浮かび上がる。
 ウイッチはたまらずシェゾに抱きつき、口をふさぎながら。
「は、恥ずかしいですわぁっ!」
 頭を胸にこすりつけながらにゃーにゃーと鳴くウイッチ。
「大丈夫だ、これが終わったらちゃんとフルコースしてやる」
 頭の上から響く言葉に、ウイッチがびくりと身を強張らせた。
「……」
 子供みたいに涙を溜めた大きな瞳がシェゾを凝視する。
「どうした? やっぱりあそこまででいいか?」
「い、いえ、フルコースはいいのですけど…」
「けど?」
 どこか怯えた瞳がシェゾを見詰める。
「あの…。わたくし、えと…し、死んでしまったり、しませんわよね?」
「花畑ぐらい見るかもな」
「ふぇ…」
 それがどのような意味なのか。
 期待なのか不安なのか、自分の感情が分からぬまま、ただおろおろと涙目の表情で、ウイッチが子犬の様にシェゾを見つめる。
 突然、シェゾが腰をかがめてウイッチにキスする。
 頭の中に太陽がかがやき、ウイッチが頭の中でぐるぐると巡らせていた止めどない考えを吹き飛ばす。
「ほら、用が先だ。行くぞ」
「…え? あ、はは、はい!」
 心臓は早鐘と化していたが、今のスイッチで思考がリセットされたウイッチ。
 慌てて、歩き始めたシェゾを追った。



 

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