魔導物語R Drop of water 後編 露 「…成る程ね」 腿まで水につっこんで、その真上が大丈夫な訳はなかった。 その後、シェゾはとりあえずアルルをだっこして、綺麗な水源を探した。 「流水だ。あれならいいだろう。存分に洗え」 濁りのない岩場のわき水があった。簡単にチェックは掛けたが毒性、その他害は無い。安全なわき水だった。 「あ、ありがとう」 シェゾはそのまま泉にアルルを降ろす。足に触れた水は冷たかった。 「ほれ、マントだ」 シェゾは自分のマントを外すと、アルルに渡す。 「う、うん、ありがと」 アルルはそれを受け取り、何となくそれを眺める。 そして。 「…あ、あの、ボク、これから足と…沼で汚れたところ洗うから、あの、いいって言うまで、こっち、見ないでね? お願いだから…」 「願わんでも、それくらいの常識あるわ」 シェゾはさっさと木の向こうへ行ってしまった。 「…ありがと」 アルルは、泉の水で汚れを洗い始めた。 少しの後。 「シェゾ、もういいよ!」 幾分落ち着いたアルルがシェゾを呼ぶ。 「もういいか?」 シェゾが顔を出す。 そこにいたアルルは、白いタンクトップの上だけを着て、腰から下にはシェゾのマントを巻いていた。 「シャツは?」 「えっと、汚れが手だけじゃとれない気がして…、それに、どのみち泥で汚れていたから、タオル代わりにしちゃった」 左手には、絞ったシャツがあった。 「寒くないか?」 「うん、平気だと思う。雨とか降らなきゃ、きっと…」 その言葉と、霧雨が降り出したのは同時だった。 「…ボク、何か行い悪いのかな…?」 だっこされたまま移動しながらのアルル。 「あんまり追試ばっかり受けるからとか」 シェゾがにやりと笑いながら言う。 「シェゾぉ…」 そう言われては返す言葉がない。アルルは情け無さそうにふにふにと泣く。 そして、アルルが震えた。 「…さっさと雨宿りできるところを探すか」 「うん、お願いシマス…」 ただでさえ口の広いタンクトップのアルル。霧雨に濡れた肌は、今は色っぽいと言うよりも寒そうと言う感じの方が強かった。 アルルは、出来るだけシェゾに寄り添って寒さを紛らわそうとする。 霧雨の影響のない大木を見つけるのは、それから少し後だった。 「ここなら、大丈夫だろう」 霧雨が静かな森に静かにしとしとと降り続ける。 その大木は、人の頭ほどもある大きさの葉と、その葉の密度ゆえ樹の下の地面が濡れるのを免れていた。 軟らかい草の上、二人は寄り添い合って木にもたれている。 「…シェゾ、火は…?」 「火は諦めろ。雨が降っているとは言え、火を起こすと延焼の危険がある。それに、おかしなのが出るかもしれない」 合わせたかの様に、アルルの耳に遠くからモンスターの遠吠えが聞こえた。 アルルは炎を諦めた。 かわりに…。 「…シェゾ、ちょっとだけ寒い…」 「ほら、こっちに来い」 素直なおねだりは、素直な返答で満たされた。 シェゾが、アルルの手を引いて自分の胸にアルルを抱く。 後ろから包み込むように抱きしめられ、アルルはシェゾの胸の広さを再認識した。 シェゾの両腕がアルルの胸の前で交差して、アルルの両肩を抱く。 「ボク、シェゾの両腕に抱かれるとホントに中に入っちゃうね」 「俺は丁度いいがな」 「ボク、小さくない?」 「ああ。丁度いい」 「…満足?」 「ああ」 「…うん」 暫く、二人はそのまま動かなかった。 「…いい眺めだ」 「へ?」 アルルがシェゾに振り向く。 シェゾは、アルルの頭の上からのぞき込んでいる。 「…わっ!」 シェゾの視線の先。それは、アルルの胸元。 口の広いタンクトップは、上から見ると胸元をいたっていい眺めにしていた。 「…えっち…」 アルルは、シェゾの腕を引き寄せて隠そうとする。 だが。 「隠すな」 「…だめ?」 「だめだ」 「…恥ずかしいよぉ…」 それでも、シェゾは視線を外さなかった。 霧雨に濡れたその胸元は、男として無視する事は出来なかった。 シェゾは自分の胸に抱いていたアルルをそっと離し、大木に背を預けさせた。 「シェゾ?」 「もっとよく見せてくれ」 「え…」 そして、シェゾはアルルの胸元の水滴を唇で楽しんだ。 「ふ…うぅん…」 シェゾの唇がアルルの胸元で楽しげに踊る。 アルルの鳴き声は伴奏となってシェゾの耳を楽しませた。 頭を抱きしめるアルルの腕の縛り具合も心地よく感じる。 そして、タンクトップの頂上に唇が上り詰める。 「!」 アルルは声が出なかった。 「……」 シェゾは、羽で触れているみたいな優しさでその登頂感を味わった。 そこはかすかに他のぶぶんと感触が違う。 「あ…あ…」 そっと、登頂のご褒美にとそこをついばむ。 びくり、とアルルの体が震える。 「…シェゾ…シェゾぉ…」 アルルは、自分の心の中で何かの覚悟が出来た気がした。 それが何なのか、そして、それが何か分かっても、絶対に自分からは言えないと思ったが、とにかく何か自分の心の中で、何らかのハードルを越える事が出来た気がした。 だからシェゾの手がタンクトップの下から進入し始めても、アルルはそれを拒否しなかった。 少女の頼りなげな膨らみに、大きな指が直に触れ始める。 その指も、唇と同じ様にゆっくりと蛇行しつつ、登頂を目指していた。 だが。 「…ん?」 シェゾが、ふと戯れを中断した。 アルルは、それでも閉じた目を開けられない。 もしかしたら、もっと他の何か…。と思ってしまう。 「…アルル」 シェゾは、そっとアルルの名を呼ぶ。 「…?」 彼女は、そっと瞳を開けた。 その瞳に映るのは、少年の様に嬉しそうな顔のシェゾ。 「…シェゾ?」 「アルル、見てみろ」 シェゾは、アルルの肩を抱いて視線を示す。 「…あ…」 視線の先には、七色に淡く輝く小さな水玉状の光を中心に、透明な四重の羽を優雅に羽ばたかせて空を舞う精霊が群で舞っていた。二人から、ほんの一メートル前だ。まるで、二人にその舞を見せるが為と言わんばかりの行進だった。 「…きれい」 アルルは、惚けた様に言う。 「これが、見たかったんだ…」 シェゾは満足げに言う。 その瞳は輝いていた。 「…シェゾ、嬉しそう」 「ああ、嬉しいさ」 微笑むシェゾ。探求心は、男にとってある意味何にも代え難い喜びなのだ。 そして、二人の体が淡く光った。 「え? なに…?」 「本当だったのか」 シェゾはやはり満足げだ。 「この精霊はマナ、魔導力に反応して発光現象を起こす。自らだけでなく、その周りの密度の濃い魔導力に対してもだ。そして、微力だがより純粋な力に浄化すると言われている。…本当だったのか」 かすかに輝く自分の手を見て、シェゾは感無量とばかりに笑う。 アルルも、同じく輝く自分を見て静かな感動を覚えた。 同時に、ちょっと妬ける。 …ボク、精霊さんに負けたの? いくら綺麗って言っても、ボクの体って、精霊よりも下? 「…むぅ」 「どした?」 アルルは、シェゾの横からずい、と動き再びシェゾの胸に納まった。そして自分でシェゾの腕を取り、自分の体に両手を絡めさせる。 「いいでしょ?」 どこかつん、とした言い方。 「ああ…いいけどな」 とりあえずシェゾはアルルをその胸に抱いたままで再び精霊の観察を始めた。アルルも、別の視線で精霊を見る。 二人は、光に包まれているみたいに輝いていた。 「……」 アルルはふと気付く。 シェゾも、光っている…。闇の魔導士さんなのに…。 アルルは、勝手ながらも思った。もしかして、魔導力が光るんじゃなくて、心を映しているんじゃないのかな? シェゾ、綺麗な心なんだよ、やっぱり。うん。 もし、魔導力だとしても、綺麗だから光るんだよね。汚れていたら、浄化の為に光るなんて無い筈だし…。 アルルは、そんな勝手な、しかし不思議と確信できる満足感を覚えた。 何より、彼の胸に抱かれる事の心地よさがそれを証明する。 「…シェゾ…」 「ん?」 シェゾがアルルを見る。少年の様に無垢な優しい瞳の、闇の魔導士。 アルルは、見上げるようにしてシェゾの唇に自分の唇を重ねた。 二人の時が止まる。 精霊すら、それを見て動きを鈍らせた。 そんな気がする一時だった。 Drop of water 完 |