Top 第二話


魔導物語R Dragon Heart 第一話
 
 
 
  ブラックとしっぽ
 
 ブラックキキーモラ。
 愛称(?)ブラック、の名で親しまれる彼女には、最近悩みと言うか聞いてほしい事と言うか、とにかく誰かに言いたい事があった。
「いや、別に愚痴りにとか、惚気を聞いてもらいに来てもらっている訳じゃあ無いんだけどさぁ…」
「…なら、あたしにどーしろってーよの」
 そして、ドラコの愛称で親しまれる彼女、ドラコケンタウロスは、今現在、正直ほとほと困っていた。
「だってさぁ、近くでこういう話が出来る相手って、あんたくらいなんだもん」
 ブラックは、『こういう話』をする時は内容が内容だけに自宅に彼女を招いてお茶を、時間によっては食事もご馳走する。
 今日も、彼女がドラコに話を持ちかけてきたのは、やや日が傾きかけた頃である。食事も用意すると言っていたと言う事から、今回も話は長くなりそうだった。
「その心は?」
「あんた、少なくとも彼に対して特別な感情は無い」
 いつもの事だが、えらくきっぱりと言い切る姐さんである。
 …それはつまり、あんたはあいつに特別な感情ありまくりって訳ね。ま、分かりきっている事だけどさ。
「…そうだけどネ。だからって…いや、もういいや」
 ドラコは溜息を一つ吐き出して、彼女の淹れた紅茶を乾いた喉に流し込む。
 性格は大雑把だが、彼女の入れる紅茶の美味さは誰もが認めるところだ。
 そんな彼女の煎れた紅茶を飲むドラコ。
 格闘なら某筋肉ゴリラはともかくとして、周囲の女達に口で叶うなど夢のまた夢である彼女だ。
「おかわり」
 彼女は、周囲の女性陣約三名から、何かにつけて特定の男性関連の悩み、と言うか愚痴と言うかノロケ話と言うか、とにかく何かの話し相手(聞き相手限定とも言う)をさせられる事が多い。
「ほい、今度はアッサムだよ。ブルベリーのフローズンティーね」
 しかも、最近少々回数が増えてきている気がする。
 更に不条理な事に、いい話ならまだしも愚痴に近い話をさせられた時、わざわざ気を効かせたつもりで、話の元凶たる某朴念仁闇魔導士の事を欠片でも悪く言おうものならば、途端に矛先が自分に変わり、何故か悪者にさせられるのである。
 これは、栗色の髪のへっぽこ魔導士の卵。
 金髪半端薬物爆発魔女。
 そしてプラチナブロンドバイオレンスメイドと言う愉快な三人組に共通している事実。
 彼女は、そんなトリオにやや辟易しつつも、結局毎回最後まできっちり話を聴いて(聴かされて)しまう自分を我慢強いなー、流石は修行で肉体も精神も鍛えているだけあるねぇ、と心の中でこっそり自分に感心していた。
 まあ、その理由の大半は、弊害も有るが話が聞いていて面白いからであるが。
「で、今回は誰のどんな話?」
 他の誰でもあろう筈は無い。
 だが、一応ドラコは知らん振りして傍聴モードに入る。
「あ、そうそう聞いてよ。シェゾがさ、ギルドに来た時にさ、珍しく俺にお土産持ってきたの。まあ、お土産って言っても、何故か中華鍋だったんだけどさ…」
 迷惑そうに言うくせに顔がほころんでしょうがないブラック。
 その後、彼女の会話は夕食を挟んで三時間以上に及ぶ。
 ドラコは、夕飯は中華だろうと睨んでいたがそれは見事に的中する。
 やがて、夜半もいい頃になった。
 ドラコは結局ブラックの家に泊まる事になる。
 元から一緒に住んでいる姉のキキは別室でとうの昔に夢の世界へ旅立っていた。
 ドラコもそうしたいものだが実際はこれからが本番である。
 シャワーの後、客室のベッドで脳のキャパシティを超えて聞かされたお喋りを、オーバーフローさせつつもどうにかこうにか収集させ、やっとの事で落ち着いた脳が眠りに落ちかけていた。
 薄いカーテンの窓に半月がぼんやりと浮かび上がり、その優しい月明かりがドラコの横顔を照らす。
 彼女は窓に顔を向けて横向きで丸まっている。
 ドラコは普段、羽とシッポがあるので、寝る時は何も身につけないか、又はパンツとぶかぶかタンクトップのみである。
 そして今日のドラコはブラックから借りたネグリジェタイプで眠っていた。背中が開くタイプなので、羽が邪魔と言うことは無い。
 肌触りの良いその寝巻きに、意外とこういうのもいいね、と思いつつ眠りに落ちかけていたドラコ。
 このままなら、腹もふくれているし、いい夢を見られるだろう。
 と、ドアがノックされ、小さな音を立ててドアが開かれる。
「…あい…」
 寝ぼけ眼で顔を上げると、そこには薄いベージュのパジャマ姿で、髪を下ろしたブラックが立っていた。
「いいかな?」
「…あに?」
 ブラックは、すっと部屋に入るとドアを閉め、ベッドのドラコにちょっと端に寄って、とお願いする。
 ドラコがボーっとしながら端に寄ると、ブラックはするりとベッドに潜り込んだ。
「…ん? 一緒に寝んのぉ?」
 向こうを向いたままで、大あくびをしながらのドラコ。
 それだけなら、別に珍しい事ではない。
 むしろ、周囲の知っている女性同士ではお互いベッドに潜り込んだ事のない者は居ないくらいだ。
「まあ、ね。ちょっとだけ、話の続きしてもいい?」
「……」
 ドラコは気絶してしまいたかった。
「…途中で寝てもいいならね」
「あ、大丈夫。起こすから」
 そう言って、背中を広く開けているドラコのネグリジェの背中に手を添わせる、ブラックは背中の羽の付け根あたりを優しく撫ぜた。
「ひゃっ!」
 突如背中にぞわりと奇妙な感覚が走り、ドラコの身が意志とは無関係に跳ねる。
「な、なな…」
 真っ赤になって目を覚ますドラコ。冷水を浴びるより強力だ。
「俺、あんたの弱そうなところ知ってるしね〜」
 にんまりと笑うブラック。その笑みは妖艶にして邪悪。
「…そういう問題じゃないでしょぉ…」
 思わずベッドの更に端に逃げようとするも、いつの間にやらドラコの腰にはしっかりとブラックの両の手が回っている。
 体を鍛えているだけに、ドラコの腰のくびれはしっかりとしたラインを描いており、その細い腰が今は災いして、ブラックの腕を噛んで放さなかった。
「別にこっち向かなくても、聞いてくれてればいいからさ」
 耳元で妙に優しく囁くブラック。その息が甘く、くすぐったかった。
「…って、寝ていけないんじゃ強制的じゃないのぉ…」
 がっくりと肩の力が抜けるドラコ。
「まーそうとも言うね。あ、もしそれでも眠くなったら言って。尾っぽの付け根のあたりってさ、多分もっと弱いでしょ」
 そう言ってなにげにお腹をさすっていた手を片方離すと、今度は丸まっている足元のネグリジェからその手を逆に侵入させる。
 ドラコの脳が警告を発する暇もなく尻尾の付け根にその手が届く。
 人間なら尾骨の辺り、尻尾の下に中指の爪がつん、と当たる。
「!!」
 それだけで彼女の腰に電気が走る。
 爪はそのまま小さな小さな円を描き、つい、と鋭く、優しくそこをなぜる。
 ドラコは身を反らせて息を呑んだ。
 そして指は臀部を薄く包む布の間に進入しようとする。
「!!!!」
 またしても海老の様に跳ねるドラコ。
 大声を出そうとした瞬間、そこでふっと指は止まった。
「や…なっ…何でブラックってそういうの知ってんのよぉ〜…」
 それより、そういう事をしようとするブラックも問題だがそこまで脳が回らない。
 ドラコはヘビの生殺し状態だった。
 実際、パワーでは負ける筈が無いのに、なぜかブラックには逆らい難いのだ。結果、時折いい様に弄ばれてしまう事もあるドラコである。
 こういう時、彼女はいつも思う。ブラックって、ヘンな趣味あるんじゃないか、と。
「そんじゃま、そういう訳で…。あ、聞いてくれるお礼にね、ここを…」
 耳元で囁くブラック。
「き…聞くから…だか…やっ! ヘ…ヘンなところいじるなぁっ!」
 その後、ブラックの話は時折ドラコの悲鳴だか鳴き声だか分からない相槌を交えながら、実に四時間に及ぶ事になるのであった。
 
 次の日の朝。
「む〜…」
 昨日、ブラックの家に招かれて、そこでの食事も寝床も十分に満足なものだった。とは言え、ひっきりなしの愚痴&ノロケ話&弱いところ攻撃がセットでは精神的にはとても満足とはいかない。
 帰り道、ドラコは眠い目を擦りながらぽてぽてと通りを歩いていた。
「…寝床を提供してくれるならさ…、もうちょっと寝させて欲しいなぁ…。それに、なんでこういっつも…下着…借りる事になるかな…」
 情けないやら恥ずかしいやらのドラコ。
 うん、と背伸びして大あくびすると、あんぐり開いた口から、二対の牙が眠たさをアピールして顔を覗かせていた。
 少し歩く。
「ドラコさん」
 ふと、彼女は声を掛けられた。
「……」
 この声…。
 ドラコは、開いた口を閉じる事が出来なかった。
「おはようございます。ちょっとよろしいですか? せっかくお会いしたのですから、そこの喫茶店で少々お話でもいたしません?」
 ニコニコしながら現れたのは、某愉快な三人組の一人、ウイッチだった。
 ここで言うそれは『良ければ』ではなく『付き合え』と言う意味である場合が多い。
「…ナニ?」
 そして、その予感は事実となる。
 数十分後。
「…で、シェゾったら、わたくしの事をこんなに気に掛けてくださって…」
 街の喫茶店の一角で、少女の惚気話は時折身振りを絡めつつ続く。
 ドラコがウイッチから開放されるのには、約二時間強を要した。
 やっとの事で釈放されたのは昼時。
「…んもー帰るぞあたしは! 絶対帰る!」
 日を置けばまだしも、一日と置かずにあんな話やこんな話を聞かされてはたまらない。と言うか、最後のブラックの会話から事実数時間後に過ぎないでこれである。
 流石にドラコもうんざりしていた。
 …あたし、確かに彼氏なんていやしないよ。
 いないけどさ…。
 だからって…こう聞かされ続けちゃたまらないのよね…。
 あたしだってさぁ…、一応は年頃なのよね…。確かにあいつ、カッコいいけどさ、でも別段特別な意識なんてしていないけどさ…。
 嬉しそうな顔でいろんな事を話す彼女達の顔を思い出すと、何か複雑な心になる。そんな事を考えていた最中。
「あ、ドラコ。やっほー」
 ころころとした元気な声が響く。何の因果か、愉快な三人組がこれで揃った。
 …厄日だ。
 彼女はそう思った。
「ねえねえ、お昼、まだ? よかったらさぁ、そこのお店で一緒にご飯食べない?」
「…それだけ?」
「えーと、せっかく会ったんだしさ、お話しする時間、ちょっとくらいあるよね?」
 ドラコは、わずかばかり残っていた食欲が音を立てて引いていくのがわかった。
 
 午後。時間はもうすぐ三時になろうとしていた。
 ドラコは、もうこんな時間だし、おごるから三時のお茶しようよと腕を引っ張ったアルルから逃げる様に別れて、やっとの事で街外れにやってきた。
「…ぐはぁ…。もーヤダ! 何なの今日はぁ〜!」
 食事も睡眠もとっているのに、別段運動をしている訳でもないのにドラコは疲れ切っていた。
 彼女は、精神の癒しを求めて森の奥、静寂さと美しさが備わる湖へと向かう。
 
「…ふう、あー、心がやすらぐ…」
 ドラコは、静かな湖畔で大の字に寝ころぶ。人の声がないと言うのがこれ程に癒しになるとは思わなかった。
 少し寝ようと思い、心地よい静寂に身を任せて惰眠をむさぼりかける。
 その時。
 ぱちゃ。
 湖から、水面に走る波紋が流れ、ドラコへと近づいて来た。
 最初は何も気にしなかった。
 水音ならば、何も五月蠅い事はない。むしろ、心地よい眠りへ誘う良い伴奏となる。風の音、鳥の鳴き声と合わせて美しい旋律となり、ドラコを深い眠りへと誘う筈だった。
 ただの水音ならば。
「…あの…」
「……」
「あ、あの、ドラコさん…」
「…………」
 ドラコは、しっかりと閉じた瞼で聞こえない振りを努めようとする。
「…わ、わたし…嫌われてしまったのですか…」
 ふっと、小さなか弱い嗚咽が耳に届く。どんな極悪人ですら謝ってしまいたくなる様なその声だった。
「あーーーーっ! 分かった分かった! 聞くよ! 何? 何でも聞くから!」
 ドラコはやけくそになって飛び起きる。
 湖に住む人魚、セリリはその声に驚きつつも、顔を弱々しくほころばせる。
「…え、いいんですか…?」
「いいから! 何? 何の話? 新しいお友達でも出来たの?」
 ドラコは引きつった笑みを浮かべて、草の絡んだショートカットの頭を掻きむしる。
「あ、はい…。あの、えっと、シェ…シェゾさん…の事で…」
 そこまで言って、ぽっと頬を染めるセリリ。
 ドラコは、思わぬダークホースと言うか、実は一番凶悪かもしれないラスボスの登場に一瞬気が遠のく。
 その日、結局ドラコが家に帰り着いたのは、空に星が出てからの事だった。




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