Idolm@ster 小説『歌姫咲く花の園』

エピローグ




 ある日、律子が突然そう言ってきた。
 まるで、ちょっと一緒にコンビニ行かない? みたいなノリで。
 私は何の事か分からず、思わず『は?』なんて間抜けな事言っちゃった。
「私ね、自分がアイドルとしてレッスン受けているのは今もそうだけど、それと同じくらいプロデュースって言うのにも魅力を感じてきちゃってるのよ。ここ最近ね」
「プロデュースって、プロデュースよね?」
 思わず頭悪そうな質問しちゃった。
「そ。プロデュース」
「…誰が?」
「私」
「誰を?」
「あんた」
「えーと…」
 事態が良く飲み込めない。
 私は思わずこめかみに手を当てて考え込んでしまった。
「あーあー、そんな深く考えないで。別に移籍しろとかそんな特別な事を言っているんじゃないの。今ここにいる連中の中で何人かでユニットを組んで、それでデビューしない? って、そう言う話」
「ゆにっと?」
「そ。ユニット」
「ソロ…じゃないわけ?」
「違うよん。ユニット。正確にはトリオ。三人で」
「…他の二人は?」
「興味出た?」
 律子がぐい、と迫る。近い。顔近いから。
「き、興味って言うか、とりあえず話聞かないと何にも分かんないから聞いているだけよ」
「ふっふーん。それじゃーリクエストにお答えしちゃおうか」
 すごく嬉しそうな顔。
 律子もこんな笑顔するんだ。
 その後、私はあずさ、亜美の二人が残りの候補で、実は二人は了承済みだと聞いた。
 無論私とのって話で。
「聞いてないんだけど? 亜美もあずさも、そんな事一言も言ってなかったわよ!? 今朝だって一緒に話したのに!」
「そりゃー箝口令敷いていたからね。765プロの起爆剤としての一大プロジェクトだもん」
「大げさねぇ…」
「大げさではないぞ」
 突然背後から声が聞こえた。
「あ、おじさま」
 最近お顔をみてませんでしたね。相変わらず黒光りしててかっこいいですよ。
「やぁ。水瀬君、律子君の言葉、先程言った様に決して大げさではないぞ。何故なら」
「…何故なら?」
「このままでは」
「このままでは?」
「事務所を退居しなければならないかもしれん」
「ふえええええっ!?」
 思わず大声出しちゃった。
「な、何でですか? お仕事、そんなに無いんですか? あれ? でも私、この前もCM…」
「いや、みんなが頑張っているおかげで事務所自体は一応やっていけている。うむ」
「じ、じゃあどうして? 私、この前ようやく自分用のジューサー買えて、ドイツからの空輸を待っている所なのにぃ!」
 思わず声が大きくなる。だってだって! せっかく自分の稼ぎでちゃんとジューサー用意出来たばっかりなのに! 空の上を私のジューサーが飛んできているのに!
「今はいい。だが、今の状態で平行線ではいかんと言う事だ。事務所はウチだけではない。様々な芸能事務所がいろんなアイドルをプロデュースして売り込みをかけている。そこまでは分かるね?」
「え、ええ。いろんな事務所の名前は聞きます」
 確か、最近だと961プロとか言う胡散臭い名前のプロダクションが台頭しているとか小鳥が言っていたわね。
「今のままでは、我々が受けていた仕事が他の力をつけてきた事務所に取られてしまう。そうなれば、最終的には765プロは閉鎖に追い込まれるだろう」
「閉鎖…」
 夢にも思わなかった言葉。
 私はアイドルとして輝く自分が急に暗闇に放り出されたような気がした。
「おっと、そんなにがっかりしないでくれ。あくまでも今のまま成長がなければ、と言う話だ」
「そう言う事。そこで私が社長に掛け合ったの。是非、プロデュースをさせて欲しいってね」
 律子…。前から事務やら、下手すれば経理にもけっこう口出していたらしいけど、まさかそこまで考えていたなんて…。
「あ、あの」
「何かね?」
「…私のユニットは、もう決まっているんですか?」
「決まってるよ」
 社長への問いかけには律子が答えた。
「…そうなの?」
「あんたの言いたい事は分かるよ。やよいや貴音、千早あたりと組みたい、そんな所じゃない?」
「そ、そう…かな」
 そこまで見透かされるって…やっぱ私、考えが顔に出るの?
「あんたの言いたい事も分かるよ。実際、実は千早ややよい、貴音もこの話をした時にね、あんたの相手にしてもらえないかって言ってたの。やよいや千早は予想していたけど貴音があんなに熱心に言ってくるのはちょっとびっくりだったわ」
「…そ、そうだったの。なら…どうして? 別に亜美やあずさがって言うのじゃなくて…でも、どうして?」
「伊織、私は意地悪や思いつきでこんな大事なプロジェクトの主役達を決めたりしないよ」
 律子が鼻先まで顔を近づけて言う。
「意地悪なんて思ってないけど…」
「みんないい才能を持っている。実際悩んだわ。でもね、私はまず最初にあんたに白羽の矢を立てた」
「私?」
「そう。あんたの才能に、まず私は将来を託したの。そして、あんたと一緒に輝ける二人を選んだ」
 それが…あの二人?
 確かにあずさは歌は抜群だしスタイルも一番って言っていい。亜美も…最近の成長具合は一目置ける。
「あずささんはあんたと組める事をものすごく楽しみにしていた。亜美も、真美とはきちんと別にアイドルしたいって言っていたし、あんたと組めるのを勿論二つ返事で了承してくれたわ。愛されてるじゃない、伊織」
 は、恥ずかしいわね。そんなはっきり言われると。
 けど…。
 でも…。
「伊織、私が三人を選んだ最大の理由はね」
 浮かない顔だったんだろう。律子が更に語りかけてきた。
「理由は…?」
「うーん、口に出して言うのは難しいなぁ」
「は? そ、そんな曖昧なのでいいの? いいの?」
 思わず詰め寄る。
「曖昧、じゃないよ。頭の中にははっきりとそれが見えるの。ただ、『それ』が口では上手く言えないんだなこれが。あはは、ゴメンね。がっかり?」
「……」
 私はがっかりするどころかものすごくびっくりしていた。
 だって、律子も持っていたんだ。『それ』を、心の中に。
「信じるわ」
 気付くと、私はその言葉を口に出していた。
「伊織…!」
 律子が目を輝かせた
「あんたの『それ』。私、信じる」
「伊織!」
 律子が抱きついてくる。
 あああっ! あんたもかあああっ!
 小鳥! 写真撮るな! おじさまもそっぽ向かないで! ヘンな事しているんじゃないんですううっ!
「さて、では水瀬君の了承も取れたという事で、いよいよ新生765プロダクションの旗揚げが出来るな!」
「はい! いよいよこの事務所ともお別れですね」
「ええええっ!? デビューする前に潰れるの?」
「い、伊織ちゃん! め、滅多な事言わないで!」
「あはは、伊織、違うのよ。これからのプロジェクトの為にね、765プロは新しい事務所に移る事になったの。竜宮小町はね、その旗揚げの陣頭プロジェクトなんだよ」
「…そ、そうなの? 路頭に迷う訳じゃないのね?」
「ないない。あんたのジューサー専用スペースも用意出来るくらいのビルに移るの」
「……」
 すごーい! そう言う前に私はとある事実に気付いた。
「律子」
「ん?」
「それって…つまり…」
「うん」
 律子が私の次の言葉を予想して頷く。
「…竜宮小町がこけたら…」
「本当に潰れるかもね」
「えええええーーーっ!?」
 嗚呼、一体今日は何度叫べばいいの?
 ああ、もういいわよ! 分かったわよ!
 こうなったら、この伊織ちゃんがビルどころか土地を買って765プロランドを作れるくらいに大きくしてやるわよ!
「よく言った! 伊織、マスコットキャラも作ろうね!」
「いや、とりあえず竜宮小町を成功させましょ?」
 その後、改めてプロデュースプランを律子から説明された。
 うん、流石は律子。このプロジェクト、気に入れそうね。
 うん。
 そして、私のOKがとれたから翌日、事務所のみんなで新プロジェクトの旗揚げを発表、新事務所へ移る事になった。
 私も、何て言うかもう胆を据えるしかないって分かったから落ち着いちゃったわ。
 竜宮小町メンバー以外はやっぱりびっくりしていたけどね。

 そして、とうとう新生765プロダクションビルにみんなが移ってきた。
 やよいは前と同じように外のお掃除に精を出しているし、亜美真美は私より背は大きい癖に幼稚園児みたいに広くなったビルを走り回っている。あ、真まで一緒だし…。
 千早は小さいながらも併設されているスタジオの設備を丹念にチェックしているし、貴音は貴音で、屋上で一人黄昏れている。
 あずさと春香と雪歩は、一緒にちょっとした料理も出来る給湯室で何を作ろうか歓談中。
 美希は…あんた、早速ソファで寝てる訳? ああもう、響も一緒に寝なくていいの!
 はぁ…。なんか、思ったより前と変わらない。
 気が抜けた私は、とりあえず自分専用ジューサースペースで最初の一杯を飲む事にした。
 うん、美味しい。
 なんだか、これから竜宮小町として頑張るんだって実感がわくわ。
「竜宮小町、かぁ」
「765プロの命運はあんた達にかかっているんだよ。私は勿論全力でサポートするけど、あんた達も全力でよろしくね」
 今日はスーツ姿の律子がやって来た。
 私は律子にもジュースを出して、そして何となくと呟く。
「でも、ちょっと残念な気もするわ…」
 私はグラスを回しながら、何となく口を動かす。
「んー? 何が? あたしじゃ不満?」
 ジュースを一口飲んでから、律子がずい、と顔を寄せる。
 怒ってはいない。伺うようなニヤニヤ顔。
「違うわよ。ただ、私って言う才能溢れるアイドルをプロデュースしたい人ってね、きっと世界中に居るんじゃなかったのかなーって思ったの」
「おー、言うねぇ。さすがはあたしが認めた未来のアイドル!」
「別に自惚れじゃないわよ。ただ…。なんとなく。なんとなくね、どこの誰かは知らない、ナントカプロデューサーが、『竜宮小町』の存在を知った時、きっと何百万人とガッカリしているんじゃないかしらって、何故かそう思えたの」
 私達が歌う画面の向こう。
 そこには、何となくだけど、ファンだけじゃない人が居る気がした。
 もしかしたら、その人達うちの誰かが、今の私をプロデュースしてくれた。そんな未来もあったんじゃないかしら。
 何故か、そんな思いが頭をよぎった。
 変ね。
 そんな訳…たぶん、無いのに。
 永遠に…。
「伊織」
「ひゃ」
 寂しそうにしていた。そういって律子が私をそっと抱き寄せる。
 ああ、やっぱりここってスキンシップ過剰の気があるわ…。別にいいけど。
「ふふっ。残念だけど、あんたは他の誰にもプロデュースはさせないわよ。あんたをプロデュース出来るのはあたしだけ。誰にも渡さないんだから」
 そういって律子はまた笑う。
 欲しかったおもちゃを手に入れた子供みたいに。
「それはいいけど、私が大人しく言う事を聞くなんて思わないでね? 私は、こんな小さな事務所に収まる器じゃないんだから」
「そりゃ結構。どんどんビッグになりなさい。あたしは全力であんたの才能を伸ばしていくから」
「ふふ、頼りにするわよ?」
 私は首に回している律子の腕に手を添えて言う。
「頼りにしなさい」
 私と律子は笑った。
「あー! いおりんとりっちゃん仲良ししてるー!」
「ずるーい! いおりんのパートナーは亜美なのにー!」
 げ。亜美真美が戻ってきたわ。
「ちょっと騒がしいですよ。いくら一つのビルとは言え、騒ぎすぎは駄目です」
 千早も来た。
「あらあら、みなさん、早速お茶を煎れました。おやつにしましょう」
「ケーキもありますよ−」
「み、みなさん、座ってくださぁい」
 あずさと春香、雪歩がお盆を持ってやって来た。
「わーい! おにぎりだー!」
「いや、おにぎりはないから」
 寝ぼけ眼の美希と真。
「お茶だー! なんくるないさー」
「まぁ、良い香りですね」
 響と貴音もお茶の香りに誘われて戻ってくる。
「みんな元気ですね」
「うむ、みんないい笑顔だ!」
 小鳥とおじさまが事務室から戻ってきた。
 そこへ。
「いおりちゃん、表の掃除おわりましたよー! 今日から心機一転! とーっても嬉しいですー!」
「あら、ご苦労様」
 元気な声で事務所に入ってきたのはやよい。
 これでみんな揃ったわね。
 さて。
 律子、お願い。
「了解。ではみなさん! えーと、かたっ苦しい事はとりあえず抜きにして…。今日から、私がプロデュースする『竜宮小町』がいよいよ本格的に始動します! みなさん、まずは貴方達が最初のファンです! 応援宜しく!」
 みんなが拍手する。
「ありがとう! それじゃあ、竜宮小町から一言ずつ! まずは、あずささん!」
 そう言われ、あずさが一歩前に出る。
「えぇと…。あの〜、泳ぎはあんまり得意じゃなんですけど、精一杯頑張ります〜」
「はい! 相変わらず絶妙なボケをありがとう!」
「あらあら、そんなに褒められると照れちゃいますぅ」
 相変わらずの素ボケだわ。ある意味安心の安定感ね。
「では、亜美!」
「はーい! んっふっふ〜。真美、亜美、一足先にデビューだよ〜ん! 早くこっちまでおいでねー!」
「なによー! 真美だってすぐにデビューするもーん!」
 ああもう、この二人は二人でいつも通りだし。
「はいはい、そう言うのは後で後で。そんじゃ、最後に伊織、よろしく」
 律子が手を叩いて二人を下がらせる。うん、流石だわ。
 って、あ、私の番ね。トリだもん。しっかり絞めるわよ!
「あ、短めにね。オードブル乾いちゃうから」
「分かってるわよ!」
 伊織ちゃんの初デビューの有り難いお言葉を出来合いのオードブルと天秤にかけないでよね! 失礼しちゃうわ。
 っと、挨拶挨拶。ええと…。
「今日は、私にとって大切な日です。みんなと新しい事務所に来られて、そして、『竜宮小町』としてデビューを飾ることが出来た、本当に大切な日です。まだまだ本当の勝負はこれからですけど、私は、自分の心の中にある…ええと、上手く言えないんですけど心の中にある、アイドルになりたい、と言う『これ』を信じて、進みます。みんな、仲間でそれでライバルでもあるけど、一緒に頑張りましょう! 仲間として!」
 ぶわっと拍手が起きた。
 ああ、正直快感だわ。やっぱり私って魂からしてアイドルなのね。
「ではっ!」
 亜美が私の横に並ぶ。
「私達の」
 あずさも反対側に立つ。
 律子がオーディオの再生ボタンを押す。
 部屋の中に、静かに曲が流れ始めた。
 とても素敵なメロディ。
 私達の門出に相応しい曲。
 気分が高まる。
 私達は進む。
 アイドルの頂点を目指して。
 みんな、しっかり竜宮小町に、そしてこの水瀬伊織ちゃんに着いて来なさい!
 ライバル上等! 仲間はもっと上等よ!
 この歌が、のろしになる。
 私と、仲間の、未来への第一歩として!
 私は、すぅ、と息を吸い、そしてゆっくりと、大きな声で告げた。
「デビューシングル! 「SMOKY THRILL」です!」



 完



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