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魔導物語R physical contact
 
 

「シェゾって、えす?」
 彼女は突然聞いてきた。
「…何?」
 彼。シェゾその人は意味が理解できず、思考が働かない。
「だ・か・ら、『S』?」
 もう一度、シェゾの頭の上から声がする。
「…ああ、頭文字か? 勿論、俺はSCHEZO。当然Sだ」
 シェゾは単純な真理に納得して応えた。
 しかし。
 彼女は、むーっと顔を寄せて言う。
「Sadist?」
 彼女はその無垢な瞳に似合わない言葉を発する。
「……」
 シェゾは、その幼い唇から出た言葉がちょっと信じられなかった。
 しかも、その矛先は自分だ。
「…熱あるか?」
 尚も彼は思考を認めようとしない。
 その手を彼女の額に被せようとした。
 が。
 がぶ。
「……」
 その手は、彼女の口によって押さえられた。
 猫が魚を咥える様に、シェゾの左手は小指側からしっかりとかじられている。
「あぐ」
 彼女は手を加えたままシェゾを見た。
 認めろ、といわんばかりの目。別に睨んではいないが、とにかく真っ直ぐにシェゾを見詰めるその瞳は、真実を求めていた。とても強く。
「おええお、いおえあい?」
 彼女は答えを求める。
「…アルル。とりあえず、口、離してくれ」
 彼女。アルルは、ちょっと考えてからあーん、と口を解放した。
 シェゾの手に小さな歯形が残っている。
 シェゾが何となく、哀れな生贄となった左手を見ていると、アルルは歯形の付いた手をペロリと舐める。そして、もう一度聞いた。
「で、えす?」
 再びの尋問。
「…アルル、それと、どいてくれないか?」
「話す?」
「善処する」
 アルルは、大人しく彼の体の自由を返す事にした。
「んしょ、と」
 最初の尋問から数分後。
 ソファーの上で寛ぐシェゾに、突如馬乗りでのっかかって質問を始めたアルル。
 彼女は、シェゾの腹の上からやっと退いた。
「で?」
 シェゾが体を起こすと、アルルはその脇に座った。
 その挙動には一寸の暇も無い。
「コーヒー飲みたい…」
 シェゾが立ち上がろうとすると、今度は逃げ送れた右手小指が歯形の餌食となった。
「…お前のほうがSだ」
「意味、分かってるじゃない」
 立ち上がることを止めたシェゾに、アルルは言った。
「でも、ボクは違うよ。シェゾが誤魔化そうとするからやっただけ。楽しんでないもん」
 本当か?
「…あのな、なんでそんな事いきなり聞く? そもそも俺が、お前にそんな事して楽しんでいるか?」
「いる」
 瞬間的に返事は返ってきた。
「何時?」
「…シェゾってホント、トボケルの上手いよね? もしかして、ボク、実は色々騙されてるのかな?」
「穏やかじゃないな」
 シェゾはアルルの瞳を見詰めて言う。
「そうやって目で誤魔化そうとする…」
 アルルはかすかに頬を染めて瞳をそらす。
 魅力的な点でもあり、厄介な点でもある彼のチャームポイントだ。
「お前が勝手にそう思っているんだ」
 シェゾは濡れ衣としか思っていない様だ。
「…じゃあ、証明してあげる。シェゾ、いつも通りにしてていいからね」
 そう言って、アルルは大きなソファーに寝転び、シェゾの膝枕で横になった。
 そして、いつもの様に何となくシェゾの膝を指でいじり始める。
 最近二人で居ると、何となくここがアルルのホームポジションになっていた。
 問題はここからだった。
「……」
 シェゾは、何の気なしに空を泳いでいたアルルの手を、まるで猫じゃらしを掴む猫の様に素早く捕まえる。
 そして、その小さな手を大きな手で包む様にして握りつつ、余った指でアルルの手をいじり始める。
 その動作はあくまでもゆったりと。優雅に、静かにそれは続く。
「!」
 アルルはぴくりと体を震わせた。
 シェゾは、自分の爪をアルルの指の腹や付け根に滑らせ、その手を掴んだまま器用に、指全体に満遍なく爪を滑らせる。
 時には一本で、時には数本の指で同時に。
 鋭いわけではないが、整ったその爪は軟らかく、かつ鋭敏な感覚をアルルの手にプレゼントする。
「〜〜〜…」
 アルルは、腕に力を込めてシェゾの手から逃れようとする。が、握られた指先がかすかにじたばたするだけ。
 体はよじれても、肝心な腕の先は微動だにしない。
 そして、事もあろうに今度はその手をアルルごと引き寄せると、指先に唇を触れた。ほんの少し、触れるか触れないかの淡い口づけ。
 アルルは、再び体をぴくりと震わせた。
「んん! …だ、だか…シェゾ…」
 アルルが肩で息をしていた。心拍数はとうに正常値の倍を超えている。
「ん?」
 そう言ってシェゾはさらに軽く歯を立てる。
「だか…あん!」
 アルルはシェゾの服を掴んでいたもう片方の手を上げ、シェゾの手から自分の手を解放しようとする。
 しかしその手は、まるで捕まりに行ったかの様にあっさりとシェゾに捕われた。アルルはもうバンザイする形で身動きが取れなくなる。
 それこそ、お手上げのポーズだった。
 そして、もう片方の手にも羽で触れるようなキスで攻撃する。
「やあん! こ、これ! これを『えす』って言うんでしょおっ!」
 アルルが泣きそうな声を出す。いや、泣くとは違うが、とにかくそんな声。猫の声に聞こえなくも無い。これは、鳴いていると言ってもいいのだろうか?
「どこがだ。お前、これが痛いか?」
「い、痛くないけど…」
 アルルは足をじたばたさせて一応の抵抗を試みる。
「サドってのは相手に痛みや苦痛を与えて、それを喜ぶ奴の事だろ?」
 彼は一人冷静だった。
「あ、ああ…相手が嫌がっているのに、む…無理矢理って言う点ではおな、同じでしょぉっ! …やぁ! やん!」
 そう言っている間も、シェゾは一時として手の運動を止めない。
「ただ、指に触れているだけだがな…」
 それでも、アルルは時々海老みたいに体を跳ねさせている。洩らす声はもはや喘ぎ声に近い。
「…で、嫌か?」
 唇を指に触れたままで質問するシェゾ。
 その唇の振動がアルルの思考を混乱させる。
「え…い、嫌、じゃ…あん!」
 アルルはもう半ば体の力が抜けている。いや、力が入らないと言った方が正しい。
 そして、対照的に声の艶は増える。
 アルルの体は微かに熱を帯びていた。息が深くなり、時折ピクリと体が震える。
「俺は反応を楽しんでいるだけだ。別にそれ以上はしてないぞ」
「だ、だか…そ、それを…それ…ああっ!」
 そこまで言って、アルルが大きく身震いする。
 そして、アルルの体から本当に力が抜けた。
「ゆ…許して…」
 息も絶え絶えに、切ないような、甘えるような声で懇願するアルル。
「どうすれば許してもらえると思う?」
 そんなアルルに、シェゾは問い掛ける。
「……」
 アルルはちょっとだけ考えると、両手を不自由にしたまま器用に、ゆっくりと体を起こした。
 荒い呼吸を少しでも整え、つばを飲み込む。
「……」
 少し、シェゾを見つめると、アルルはぎこちなくも顔を寄せる。
「あの、もうちょっと頭下げて…」
 シェゾはそれに従う。
「ん…」
 静かに、唇が重なった。
 最初は唇の触れ合い。そして、唇同士が重なり合い始める。
「…んん」
 甘噛みしあう様に絡む唇。
 彼女の思考は半ば飛んでいる。
 アルルは少しずつ舌を差し出してきた。シェゾの唇を舌でゆっくりと押し開き、もう一つの舌とゆっくり、深く戯れる。
「ん…んー…」
 アルルは自分が起こしている行動ながらも静かに興奮していた。それは、先程とは違う刺激となってアルルの体を火照らせる。
 暫しの間、とても親密なコミュニケーションが続いた。
「ぷあ…」
 唇が離れた頃、アルルはもう息をあげていた。
 シェゾは、やっとアルルの両手を解放した。
 アルルは倒れこむようにして、シェゾの腰にしがみつく。
「…いじわるぅ」
 そういうと、体をずるずると下げてソファーに身を横臥する。
 そして頭をシェゾの膝に預けると、そのまま浅い息をシェゾの耳に残して、気絶するように寝てしまった。
 余韻が残っているのか、時々かすかに痙攣しながら。
 ぴったりと顔を押し付けているシェゾの腹の辺りにアルルの寝息が篭り、少し熱い。
 結局、答は提示されなかった。
「……」
 シェゾは、膝枕で寝てしまったアルルの頭を撫でながらそっと囁く。
 
「…お前こそ、Masochistと違うか?」
 
 
  physical contact 完
  
 
 

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